
民進党の名前が完全に消えたポスター
都議会議員選挙の公示を6月23日に控え、ほぼ選挙戦に突入したといってもいいでしょう。6月に入って、おそらく都議選への立候補をするであろう方々を街角でよく見るようになりました。くだらない公職選挙法のおかげで、出馬するとわかっているのに候補者名を書かない襷と都議選へのアピールに決まっているのにそう書かないポスターの張替えが始まっています。ああ選挙が始まったなあとチラリとポスターを見て、あれっ何か違うなと違和感を感じました。それもそのはず、よくよく見やると、民進党であるはずの現職都議のポスターから、民進党の文字が完全に消え、何と小池百合子さんと一緒に写っていたのです。
「おかしいな。この人、菅直人さんの子分だった人じゃなかったかな。」
地上デジタル放送に切り替わったと同時にテレビを卒業し、福島原発事故以来、新聞さえも読むのを私はやめています。もっぱら、ネットとラジオから自分の関心のある情報ばかりを拾っていると本当に浦島太郎になってしまうのかもしれません。まあ、ちょっと偏ってしまうのは事実といえば事実でしょう。一体全体、都議選をめぐる国内政治で一体何が起こっているのかを周回遅れながら、調べました。ああ、やはり民進党は完全崩壊を始めているのだなあと思いました。
野党共闘から始まった民進党と連合の不協和音、組織的揺らぎ
実は、蓮舫さんが民進党の代表となる前から、連合と民進党の間には不協和音が聞こえていました。この原因は、野党共闘(民共共闘)にあります。学生団体シールズが登場したことで有名な2015年の安全保障関連法案を巡り、国会でのピケや反対集会などで協力した一体感もあったのでしょう、法案成立後に共産党との共闘路線に舵を切ります。小選挙区制の下で、野党が分裂していては自民党に勝てないという現実が大きかったのでしょうが、このことが連合に気に入らなかったのです。連合という組織は、歴史的に総評、同盟、その他の産業別労組から構成されており、その中でも左派色が強い総評の成り立ちですら、共産党を組織から追い出すことで成立したような背景がありました。連合の中でも右寄りの同盟系、政治色の薄い産業別労組からみてもおよそ緩やかな組織と対照的な共産党へのアレルギーは根強く、一枚岩になって政治的に動けない状態が連合内部に起こっています。そのような背景の中で、いち早く昨年連合を離脱した産業別労働組合の全国化学労働組合総連合(化学総連)は、次期衆議院選挙での自民党支持を決めています。
昨年まで民進党最大の支持団体である連合に加盟していた「全国化学労働組合総連合」(化学総連)が次期衆院選で自民党を支援する方針を決めたことが13日、分かった。化学総連幹部が同日、自民党本部で茂木敏充政調会長らと面会し、意向を伝えた。政府が進める働き方改革への要望やエネルギー政策についても意見交換を行った。
大手化学各社の労組でつくる化学総連(昨年7月1日現在、組合員4万6348人)は昨年5月、春闘などで連合との窓口になっていた「日本化学エネルギー産業労働組合連合会(JEC連合)」との協力関係を解消し、連合を離脱した。 (2017.2.14 07:12更新 産経ニュース)
これだけではありません。科学総連の連合離脱騒動冷めやらぬ2016年6月の雑誌「選択」は、金属労連が離脱の動きを見せたという記事が掲載されるまでに及んでいます。ちょっと飛ばし記事の感があるものの、連合の組織的動揺が広がっているのは間違いありません。金属労協(自動車総連、電機連合、JAM、基幹労連、全電線)が離脱するとなると、連合の組合員約680万人の三分の一の200万人強が組織を離脱することになります。
長島昭久衆議院議員の離党「共産党とは組めない」
先日、長島昭久衆議院議員が遅きに失した感がありながらも、民進党を離党したことは私もニュースで耳にしていました。離党に際し、繰り返し述べられていたのは、「共産党とは組めない」という選挙区事情でした。
分かりやすく言うと、民進党の政治家の周りで起きていることは次のような絶望的な現実なのだと思います。
「民進党の名で選挙を戦う場合、労働組合の支援を受けられるどころか、逆に支援を打ち切られてしまう。」
これが、民進党を消して戦わざるを得ない民主系現職都議の背景だと思います。
旧民主党、旧結いの党の選挙互助会東京改革都議団の崩壊
さて、話を都議会に戻しましょう。民進党ができてもなお、旧民主党、みんなの党、結いの会といった都議会議員は、民進党に党籍はあるものの、別々の会派を作って独立していました。小池都知事が誕生してからその一部がやっと重い腰を上げ、まあ、都民ファーストの会とゆるやかな選挙協力を目論んだのでしょう、東京改革都議団という会派を立ち上げました。しかしながら、小池都知事はしたたかで、選挙協力の条件として民進党からの離党という踏み絵を突き付けました。選挙後の彼らの民進党とのつながりを切り、当然自分の勢力下に置くためです。選挙互助会たる民進系の東京改革都議団はあっという間に崩壊、多くの議員は踏み絵を飲み、無所属での立候補を選択するに至りました。そして、民進党の離党と引き換えに、小池都知事とポスターに一緒に並ぶことをゲットしたわけです。蓮舫さんや菅さんなどとの親密さは決して表に出さず、小池都知事並びに選挙区の市長との親密関係だけをアピールするという狡猾な選挙戦術を皆が同じように採用しています。ホームページを見ると、民主党、民進党での活動履歴が消失している都議も珍しくありません。宮部みゆきの「火車」真っ青の背乗り*1かよ。
風で当選している、選挙の弱い議員は全く役に立たない。民進党を離党した(元民進党)現職都議会議員リスト
これは、これで民進党離党の議員たちは、民進党逆風の都議選を乗り切り、落選して「ただの人」になることだけは避けられるのかもしれません。しかしながら、こうして当選する議員に都民は果たして何を期待できるでしょうか。何かしらの政治力を発揮してくれるのでしょうか。 答えは出ていますよね。民進党を離れるという意味でこれまでの蓄積、政治基盤を根こそぎ奪い取られてしまっているのです。小池さんが右を向いたら右を向き、左を向いたら左を向くという信念なき政治屋の誕生です。選挙区の有権者に全く役に立たないことは明白でしょう。
都民のために、また自分の備忘録のために6月21日現在、民進党を離党した現職都議を晒しておきます。
・江東区:柿沢ゆきえ
・立川市:酒井大史
・府中市:小山くにひこ
・日野市:新井ともはる
・西多摩(福生市):島田幸成
・南多摩(多摩市):石川良一(選挙に強く例外か?)
・北多摩第三(調布市):尾崎大介
・北多摩第四(清瀬市):山下太郎
信玄公亡き後の武田家滅亡の歴史のように
現在の民進党の政治状況を見ていると、何か信玄亡き後の武田家の滅亡をみるような気がします。そして、信玄公が発したとされる「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という言葉が心の奥底で響いてきます。政権交代以降の民主党、民進党の歴史は、この言葉の真逆の歴史でした。パージと自分の周りしか見ない組織運営・・・。身から出た錆とは言え、現在の凋落ぶりは何ともすさまじい限り。私たちがこの民進党の歴史を生かすとするならば、まさに自分の所属する会社や組織運営のバッドケースとし、もって他山の石とすることくらいでしょうか。そういう構えを持って政治と向き合わないと、政治とはなかなか付き合いきれないなあという感じがいたします。